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令和6年能登半島地震の避難行動を人流データで検証 EBPMで挑む富山県の防災強化

令和6年能登半島地震の避難行動を人流データで検証 EBPMで挑む富山県の防災強化

富山県

2025.02.03

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富山県は本州の日本海側中央に位置し、豊かな自然と伝統が息づく地域です。日本海の新鮮な海の幸に恵まれた、美食の地としても知られる同地ですが、北陸新幹線の開業により東京からのアクセスが向上し、観光・経済ともに注目されています。

令和6年1月1日16時10分に発生した能登半島地震では県内で観測史上最大となる最大震度5強が6市1村で観測され、16時12分には富山県で31年ぶりとなる津波警報が発表されました。

震災直後、県内各地で渋滞が発生するなど、避難行動や災害対応におけるさまざまな課題が顕在化したことから、富山県では人流データ分析、県民アンケート、有識者会議を通して災害対応を検証し、今後の防災体制の強化充実を図るための災害対応検証事業に取り組んできました。

本記事では、人流データを活用し令和6年の能登半島地震における津波警報発表時の住民避難行動の検証を行なった事例についてご紹介します。

事例取材にご協力いただいたのは、富山県 危機管理局防災・危機管理課 危機管理係 主任 重田 大輔様です。

<この記事のポイント>
● 地震発生後の人流データを分析し、適切な避難行動がとれていたかを定量的に検証
● 通過速度に基づき渋滞箇所を特定 市町村をまたぐ広域の避難行動も可視化
● 防災計画と実際の避難行動のズレを確認 EBPMのアプローチで防災計画の見直しに

「原則徒歩避難」の推奨にも関わらず約8割が車で避難 各地で渋滞が見られた

富山県の地域防災計画では津波発生時の避難については、「原則徒歩避難」となっています。しかし、実際には県内各地で渋滞が見られ、県民アンケートでも「徒歩で避難した人は2割弱に留まり、8割近い方が車で避難」という結果が得られました。またその理由としては「車が一番早い」「車でないと遠くに避難できない」という回答が多くを占めました。
参考:https://www.pref.toyama.jp/documents/43042/shiryo3_anke0830.pdf

県民アンケートと併せて、人流データでも移動手段を把握しました。右記の表は、「避難所等※」に車で来訪した人の比率を市町村別に示したものです。大半の市町村において8割以上が車による移動であり、中には9割を超える町もありました。

「避難所等」の定義
指定緊急避難場所(378箇所):
災害の危険から命を守るために緊急的に避難をする場所として、定められた場所。今回は「津波」用の場所のみを利用。
避難所(415箇所):
今回の震災時に開設された避難所の場所。

地震発生直後、県内各地で渋滞が発生したことが課題として挙げられました。では具体的にどの道路で渋滞が起きていたのでしょうか。

下記の図は普段(2024年1月1日を含む1ヶ月間)の混雑状況と比較し、震災直後に通行台数が多く渋滞が発生していたと見られる道路を示しています。ブルーが濃いほど、混雑度が高い箇所となっています。

<普段の通行量と比較し、混雑が顕著だった主要道路・箇所>

震災直前直後の人流を時系列で比較 「避難所等」以外の場所への避難も見られた

ここでは沿岸9市町における避難状況を可視化し、全体像を把握しました(高岡市のレポートを抜粋)。

下記は地震発生直前から1時間ごとに時系列で比較した図です。「16時10分〜17時10分」および「17時10分〜18時10分」においては青く囲んだ地域で見られるように、内陸への移動がありました。しかし、「18時10分〜19時10分」を過ぎると南北の移動が収まっていきます。

<高岡市における地震発生直前〜3時間後の人流>

さらに、沿岸部にフォーカスし、地震発生後に人が集中したスポットを分析しました。多くの市町においては、沿岸部に「津波指定緊急避難場所」が設置されていますが、どの程度の利用があったのでしょうか?

<高岡市 沿岸部 地震発生後に人が集中したスポットは?>

高岡市の状況を人流データで分析したところ、実際に人が集中したのは「その他指定緊急避難場所or避難所(緑で示したスポット)」や、避難場所には指定されていない高台の病院でした。「津波指定緊急避難場所(青で示したスポット)」の利用は限定的である、という結果になりました。

広域移動を伴う避難 沿岸市町以外では他市町村からの移動比率が高い

能登半島地震においては車移動による避難の割合が高い結果となり、市町村を超えた広域移動も見られました。

下記の表は「避難所等」利用者の居住地を分析し、市町村別に示したものです。
南北に長い富山市においては市民比率8割を超えるものの、その他沿岸の市町では6割前後の市町民比率に留まっています。特に赤枠で示した沿岸以外の市町村においては、富山県内他市町や富山県外からの流入比率が高い傾向が見られました。

<市町村を超えた広域移動による避難の割合は?>

INTERVIEW

能登半島地震の学びを活かし、「車避難」の検討も含み防災計画の見直しへ

富山県危機管理局防災・危機管理課 危機管理係 主任 重田 大輔様

――ご担当者さまのお仕事について教えてください。

平常時の主な業務は、危機管理や防災に関する予算管理や県議会対応などです。大雨や洪水といった非常災害時には災害対応業務も行います。

令和6年の能登半島地震においては、災害対応の検証に携わっています。検証プロジェクトでは県民アンケートの実施や有識者との意見交換など様々な手段を講じていますが、私は特に人流データを活用した避難行動の検証を担当しました。

――人流データでの実態把握に取り組むことになった背景について教えてください。

令和6年の能登半島地震では、富山県で31年ぶりに津波警報が発表されました。車避難の割合が多く各地で渋滞が発生するなど、避難行動のさまざまな課題が浮き彫りとなりました。

どの程度、防災計画に基づいた避難ができていたのか、津波の指定緊急避難場所は機能していたのかなど、避難の実態を検証する必要性を感じました。有識者からのアドバイスで人流データの活用を提案され、検証を進めることになりました。

――災害対応検証事業における人流データの活用について、率直な感想をお聞かせください。

避難行動を客観的データで可視化できたことは、大きな成果です。検証会議では「これらのデータやアンケート結果を基に今後の避難行動計画について議論してほしい」という意見をいただきました。

他自治体でも避難行動の実態を正確に把握している例は少ないと感じます。避難計画と実際の行動にどのような差異があるのかを明らかにしなければ、今後の議論につなげられません。説得力のあるデータを基にした防災施策の立案は、EBPM(証拠に基づく政策立案)の観点からも重要だと思います。

――検証結果を踏まえ、具体的な改善策の方向性は見えましたか?

富山県の地域防災計画では「原則徒歩避難」としてきました。しかし、現実には避難に車が必要な方もいて、データからも車避難の状況が分かりました。津波避難はどうあるべきかを見直し、「徒歩避難」「車両避難」のすみ分けを検討することとなりました。

また、今回の検証結果で可視化できてよかったのは、震災発生時点の滞在地(市町村)とは異なる場所(市町村)に避難していた方の割合です。市外県外から流入してきた方が想定以上にいました。事前の案内だけでなく、土地勘のない方でもスムーズに避難できるよう、今いる場所は海抜何メートルの地点なのか、津波が来たらどの方向に逃げれば良いかをその場ですぐに分かるようにすることは重要です。また、関係機関の連携や協力体制、避難先の開設運営方法など、広域避難におけるマニュアル整備が検討されています。

――今後の展望について教えてください。

人流データの活用は観光分野での事例が多いですが、防災分野においても、さまざま役立てられるのではないかと感じています。

災害対応検証会議を経て、避難行動の課題を分析し、適切な避難のあり方を検討するプロジェクトチームの設置が予定されています。今後もデータを有効活用し、災害対応力の強化を図りたいと考えています。

[取材日] 2024年11月28日 ※記載内容は取材当時のものです。

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